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True Colors JAZZ– 異才 meets セカイ Directed by Takashi Matsunaga 東京公演公式レポート

「出会いの場」としてのジャズ

  • 松永貴志、よよかの写真

2020年。東京がまちがいなく世界の注目を集めるオリンピックイヤーの幕開けを告げる1月はまた「True Colors Festival」の折り返し地点でもある。うかうかしてはいられないということなのだろう。正月気分さめやらぬ1月6日に、はやくも始動した。「True Colors JAZZ 異才meetsセカイ」と題したこのたびのイベントのテーマはそのものずばりジャズだが、副題にみえる「異才」の文字が示すとおり、ストレートアヘッドなジャズイベントとはすこしばかり顔つきがちがう。シーンの中心で活躍するジャズミュージシャン以外にも、さまざまに楽器を奏で、歌う音楽家が「True Colors JAZZ」には参加しているのである。その顔ぶれは追って文中で紹介するが、彼らの表現をジャズのいち語に集約するのはかえって乱暴かもしれない、そう思わせるほどの意外性が今回のラインナップにはあるが、しかしそれこそがジャズの醍醐味なのだとプログラムディレクターをつとめるピアニスト松永貴志は事前に公開した小冊子で述べている。すなわち「出会いの場」としてのジャズ。人種、性、世代を超え、ジャズというプラットフォームに集った人たちが、楽曲という列車中で共同運行のための対話をくりひろげる。この列車には、だれもが乗車可能だが、即興やインプロヴィゼーションということばがその真髄を表すジャズなる形式はややもすると難解で敷居の高いものに映らなくもない。

あらゆる芸術には鑑賞の方法とか流儀とか歴史的な評価軸みたいなものがあって、ジャズも例外ではない。その一方で、そのようなしかつめらしい鑑賞法とは別の純粋な楽しみ方みたいなものもある。というより、幾多の考え方や思いや楽しさや美しさが交錯する場がジャズであり、ジャズとは音楽とひとが「場」をともにすることなのではないかと、2020年1月6日月曜日午後7時、開演直前の目黒ブルース・アレイ・ジャパンの客席を埋め尽くした満場のお客さんを見渡して思ったのだった。

あらためて紹介すると、「True Colors JAZZ」は、目黒のほかに開催地は二カ所あり、そのうちの一カ所にあたる大阪公演は2日前の1月4日に盛況のうちに幕を引き、2日後には熊本公演を予定している。先だって、公式WEBなどでも告知があったとおり、ビザの関係で出演者が変更になったとはいえ、イベントの軸は変わっていない。すなわち松永貴志率いるジャズバンドが3名のゲストと共演する構成である。そのゲストとはよよか、紀平凱成、小澤綾子の3名。多様な、枠に嵌まらない能力ゆえ「異才」と呼ばれる彼らがジャズという音楽のあり方とどのような化学反応を示すかが「True Colors JAZZ」いちばんのみどころとなるだろう。

紀平凱成の鮮烈な演奏

  • 紀平凱成がピアノを演奏している様子

開演時間の19時をすこしまわってライブはスタートした。企画主旨を説明する10分弱の映像につづき、きらびやかなジャケットをまとったホスト役の松永貴志は客席のあいだを縫い舞台にあがり、上手側のピアノの前に就くと「ジェットラグ」を演奏しはじめる。十代でデビューし、国内外を問わず高い評価をえたピアニズムが場内の空気を静かに整えるのにつづき、ステージに呼び込まれたのは2009年生まれ(!)のドラマーよよかだった。動画配信サービスに投稿した演奏風景が話題となり、いまや世界各地のイベントにひっぱりだこの彼女はドラムセットにつくやいなや、ツーバスをまじえた力強いソロを披露したのち、演奏は松永と、新たにステージに呼び込まれたベース奏者芹田珠奈とのトリオでニルヴァーナの「スメルス・ライク・ティーン・スピリット」のカバーになだれこむ。1990年初頭を席巻した伝説のバンドのジャズ風カバーという予想外の選曲に意表を突かれつつ、彼らの活動期間中には生まれてもいない少女のフルショットの熱演に、ニルヴァーナのただ一度の来日公演(1992年)に足を運んだ中年の私は胸を熱くせざるをえなかったが、よよかのほかにもこの日は若い才能が目白押しだった。

紀平凱成は数ヶ月前にソロ作『ミラクル』を発表した気鋭のピアニスト。2歳のころ、自閉症と診断されるも、幼児期より数字や文字など、記号に興味を示し、しだいにいちど聴いただけの曲を再現するようになった。そのような紀平凱成のスタイルを彼の父は鍵盤から生まれる「音符を楽しむ」といいあらわす。よよかにつづき呼び込まれた若手ピアニストは満場のフロアを不思議そうに眺めながらおぼつかなげに舞台にのぼったが、演奏はうってかわって輪郭の際立った鮮烈なものだった。ソロで、カプースチンの前奏曲などを挟み、『ミラクル』に収める自作曲「テニスボーイ・ラグ」とつづいた演目はピアニスト=紀平凱成の才能の対面性を引き出すに十分だったが、その後の松永との連弾による即興は、音色のあざやかな対比もあいまって、ピアノという楽器に潜在する表現の幅を示すとともに、紀平凱成というピアニストのさらなる可能性を感じさせるばかりか、フリーと見紛うほどの緊張感を漂わせるプレイなど、これがあるから演奏の場に足を運ぶのはやめられないと思わせるものだった、そのような感想を抱いたのが私だけではないのは舞台を降りる紀平に向けた観客の拍手と声援の大きさが物語っていた。

場内を満たした熱狂をクールダウンするような松永のソロピアノをもって第一部は終了となった。ここで、一般的なジャズの公演であれば、お酒を飲み、歓談に花を咲かせつつ食事を楽しむところであり、会場となるブルース・アレイ・ジャパンはその点でも都内屈指のサービスを誇るのだが、この日はふだんのライブハウスではあまりお目にかかれない設備が会場にお目見えしており、興味をもった私はそちらをのぞいてみた。

ボディソニックで音響を体感

  • ボディソニックの写真

  • ボディソニックを使用している様子

方形のフロアの後方部、PAブースの前に、数脚の椅子が並べられている。よくみると座面にはほかの客席とはちがうクッション様のものが乗っている。これがパイオニアが開発したボディソニックという体感音響システムで、振動装置を組み込んだポーチと座布団風のクッションで音を振動に変換する。この装置を設置した椅子に座り、聴覚補助用のヘッドフォンを装着すれば、聴覚障害のある方も音楽を感じることができる仕組みである。この日はフロア後方にボディソニックが数台そなえつけてあった。私は試しに装着させていただいたが、PAミキサーを経由してヘッドフォンから流れる音に同期し、座っている椅子の座面が振動するのは全身で音楽を浴びる感じがある。いや音楽につつみこまれる感じといえばいいか。これを聴覚に障害のある方はどのようにとらえるのか。じっさいにボディソニックを使って第一部を鑑賞していた廣川麻子さんと川俣郁美さんは以下のように述べる。

「私は自分の補聴器で音を聴きながら、補助的にボディソニックを身体にあてて音を体感しました。大きな音のちがいを感じることができましたが、細かい部分までは、振動なのでつかみきれていないかもしれません。たとえばピアノの音はほかの音より高い気がしますが、細かなニュアンスまではつかみにくかったです」(廣川さん)

「ボディソニックは好みにあわせて振動や音量を調整できるのがいいなと思います。また振動と聴覚、ふたつあわせて音楽の理解につながるのは大きいと思いました。聴覚に障害があっても、クラブやロックのライブなど、大きな音の出ている会場にいくと振動で音楽がわかるんですね。ボディソニックはその状態を体感できる装置だと思いました。とはいえ私がクラブで感じられる振動はみなさんにとっては大音量をともなっているかしれませんが、私には振動にすぎません。そのようなこともあって、私には音を振動に変換してしまうと、リアルな音の強弱がつかみづらくなる側面もあります。ボディソニックを使う場合、聞こえるひとに、いま鳴っている音楽が優しいのか激しいのか、それを確認したうえで、振動ではこういう体感なんだという理解をするとよいかもしれません」(川俣さん)

ふだん廣川さんは補聴器を使用し、川俣さんはもともと補聴器もつけておらず「ボディソニックのような装置を使わないとまったく聞こえない」のだという。このようにひと口に聴覚障害といっても、難聴から完全な失聴まで、ひとによって状況はちがう。ボディソニックはそのような多様で複雑なニーズに、気導音(大気中の空気の振動)と骨導音(聴覚神経に直接伝わる振動)の両面から答えることで、有史以来長らく不動とみなされた感覚という領野に新たな次元をつけくわえる観がある。技術的な課題をすべて解決するにはいましばらく時間がかかるかもしれないが、「聞く/聴く」ことを深く考えることは障害のないひとにも大きな気づきとなる。それが音楽に循環すれば、かけがえのない財産になるだろうし、そのための気づきの場としても「True Colors JAZZ」のような試みは意味をもつ、私はそのようなことを考えながら、第二部のはじまりを待った。

小澤綾子の伸びやかな声に宿る力

  • 小澤綾子の歌唱している様子

第二部は松永と芹田珠奈にドラムスのナカタニタツヤを加えたトリオ編成によるラヴェルの「ボレロ」のジャズアレンジで幕を開けた。耳になじんだ古典であるとともにジャズに親和性の高い作曲家の代表曲である「ボレロ」を、松永貴志はピアノトリオらしい色彩感覚に置き直していく。端的かつ明晰ともいえる演奏が終わると、ステージ前面に手製のスロープをしつらえ、車椅子に腰かけたひとりの女性が舞台にあらわれた。三番目のゲストとして登場した小澤綾子は筋ジストロフィーを抱えながら活動をつづける歌手で、日本財団DIVERSITY IN THE ARTSが主催し松永が講師をつとめたサマースクールで松永に出会い、松永は小澤の歌の「伝える力」に感じ入ったという。

「私はいま、手は肩より上にあがらず、足はほとんど自分の力では動かせません。日々できないことばかり目について自信をなくしてしまうこともあります。小さいころはふつうに歩いたり走ったりすることができたのに、走れなくなり、階段も手すりなしではのぼれなくなった。なぜ私はひとちがうのだろうとずっと苦しんできました。みんなと同じことがしたかった、みんなと同じでいたかった、でも私はそうじゃなかった。どうして私だけ? そう思ったこともあります。でもいまならわかる。それはみんなちがって、だからステキなんだということ」

そう述べる小澤綾子の声にすでに伝える力は宿っている。他者とのちがいを引き算でとらえるのではなく多様性とみなすこと。その思いを彼女は自作曲「希望の虹」の七つの色がつくる虹ということばに託し歌いあげた。日本語の響き、柔らかさを活かしたオリジナル曲は、ジャズやポップスといったジャンルの枠組みにとらわれない「歌」そのもののしなやかさを感じさせたが、それは彼女が次にとりあげた中島みゆきの「糸」でも変わらなかった。松永のアレンジは原曲をロックよりに解釈したものだったが、アップテンポのリズムが小澤の伸びやかな声によりそうかのようだった。

2曲につづく第二部後半は松永貴志のピアニズムに焦点をあてた構成となった。今年がオリンピック年であることは冒頭に述べたが、2020年は1995年の阪神淡路大震災から数えて25年の節目の年でもある。1986年、兵庫県芦屋市に生まれた松永貴志にとって、震災は記憶から拭いされない体験だったことは、彼が第一部に登場した紀平凱成と同世代にあたる17歳のころ、「神戸」と題した楽曲を書きあげているのでもわかる。情景喚起的なリリカルさをもつこの曲はテレビをはじめ映像関係の付随音楽も手がける作曲家の資質をしめす佳曲だが、よよか、紀平凱成、小澤綾子らゲストたちと場を共有したこの日の演奏は音楽家以前の松永貴志そのひとの原風景をかいまみせる趣もあった。

ライブハウスの「アクセシビリティ」

  • アーティストの集合写真

「神戸」の演奏後、松永はこの日最後の出演者となるボーカルのビオリカ・ロゾブをステージに招き、「True Colors JAZZ」は終盤に向かい、タイトルにある「JAZZ」の語を強く意識しながら加速しはじめる。コール・ポーターの「ナイト&デイ」、ホレス・シルヴァーの「ソング・フォー・マイ・ファーザー」にエリントンの「キャラバン」など、ベースとドラムの、それぞれの個性を活かしたソロもたっぷりとった構成は幾多の音楽性や形式を許容しながら即興という自発的な行為と共存する「ジャズという場」の魅力を体現するかのようだった。そして松永の心中を代弁するなら、願わくば、その「場」はだれにもわけへだてなく、アクセス可能なものであってほしいということではないか。私は出演者総出の大団円となったアンコールの「ルート66」のにぎやかな演奏に耳を傾けながらそのように考え、そのためにはまた、ライブの場そのものであるライブハウスもこれからはアクセスのしやすさ、すなわち「アクセシビリティ」が問われるのではないかとも思った。

ボディソニックの使用で音楽を聴くことの意味が変わるように、音楽を聴く場としてのライブハウスもまた、従来とはちがう客層に開かれることでこれまでとはちがう音楽的な化学変化が起きるかもしれない。とはいえ大きなキャパシティのコンサートホールに較べて、小規模なライブハウスは資金や設備面でおよばない面もあり、「アクセシビリティ」を整えるのもたいへんではなかろうか。そもそもアクセシビリティといっても、ライブハウスにとってのアクセスのしやすさとはどのようなことか。「True Colors JAZZ」を開催しての気づきともいえるこの点について、1月4日公演の会場となったビルボードライブ大阪の大門慶太氏は「車椅子の対応だったり、店内における階段の多さ、トイレまでの導線」などシステム面にさらなる改善の必要性を感じたという。具体的には「スロープの設置、点字案内もしくはガイドアナウンスによる総合的なノーマライゼーション」の拡充を例にあげながら、大門氏は音楽ファンのニーズに応え、関西の音楽文化に貢献する店舗づくりをめざしたいと述べる。大門氏のことばは同時にライブハウスという場が地域に根ざしたものであることもあらわしている。

  • 車椅子に乗った小澤さんの移動をスタッフがサポートしている様子

東京公演の2日後にあたる1月8日、「True Colors JAZZ」ツアーの会場となった熊本のレストランバーCIBのオーナー内野昌時氏はこう答える。

「私どもが入居しているビルにはエレベーターもエスカレーターもないんですね。店のつくりもバリアフリーではありません。「True Colors JAZZ」では車椅子の出演者もいらっしゃいましたが、その点ではスタッフが人力で対処しました。うちの店は比較的なだらかな階段の上の2階なので、車椅子の演奏者やお客さまはスタッフで対応させていただきます」

だからCIBが障害のあるひとにアクセスしにくいかといえばそうではない。むしろCIBでは車椅子の方はじめ、障害を持つ方が出演したり観賞したりすることもすくなくないのだという。

「そのような方はスタッフがサポートします。じつは熊本では知的・発達障害のあるひとたちを中心に、日常的に音楽を楽しむという主旨のお祭りがさかんで、うちは今年10年目になるそのイベントを初年度から応援していて会場も提供しています。私の弟も重度の脳性小児麻痺なんですね。彼は障害がありますが、音楽が大好きなんです。50年前、障害者はなかなか街に出て行けませんでした。そこにバリアフリーということばができて、そのようななかで障害者も健常者もわけへだてなく、音楽を聴き、演奏するようになりつつあります」

音楽の「場」へのアクセシビリティはそのようにして地域からはじまり、広がっていくのかもしれない。

Text: Masato Matsumura
Photo: Ryohei Tomita(Tokyo), Mototsugu Maeda (Kumamoto)

True Colors JAZZ – 異才 meets セカイ
[プログラム詳細]https://truecolors2020.jp/program/jazz/

topics

「世界はいろいろ」である

トランペット奏者/ True Colors JAZZスペシャル・アーティスト

黒田卓也

True Colors Festival 2020/2021

True Colors Festival(トゥルーカラーズ フェスティバル)は、パフォーミングアーツを通じて、障害・性・世代・言語・国籍など、個性豊かな人たちと一緒に楽しむ芸術祭です。誰もが居心地の良い社会の実現につなげる試みです。

世界的な危機により、私たちは身近な人たちと引き離される経験をしています。でも、だからこそ人とつながること、共に楽しむことの大切さを再認識しました。

新たな環境で、アーティストと観客が、どうやって体験を共有し、共に楽しむことができるのか。みなさんと一緒に考えながら、プロジェクトを展開していきます。

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